南宮の風

Report 02
    
     
    
      
     
  下本郷に残る貨物線跡は、波瀬川からの砂利採取線の跡である。現在も川端貨物駅跡にはレールが残っておりかつての繁栄を偲ばせる。
この砂利採取線は、三ヶ野鉄道によって昭和13年(1938年)に本郷線の下本郷から波瀬川の積み込み所(川端貨物駅)までが敷設され、同年からED17形電気機関車による砂利輸送が開始された。
昭和19年3月1日、三ヶ野鉄道は黒野電気鉄道に合併された。このとき、本郷線の追分〜下本郷間は廃止されたが砂利採取線は廃止されず残った。合併後は黒野電気鉄道により砂利輸送が続けられ、昭和39年1月まで列車が運行されていた。その後は休止線となっていたが昭和59年2月に正式に廃線となった。
現在廃線跡は、砂利の積み込み所であった貨物駅構内および下本郷〜貨物駅間にレールが残っている。また、上本郷駅にも旧三ヶ野鉄道時代の本郷線のホーム跡が残っている。
  貴船線の上本郷駅には、現在も旧三ヶ野鉄道時代に使用されていた本郷線用のプラットホームが残っている。これは、三ヶ野鉄道が黒野電気鉄道と合併したときに本郷線は廃止となったが、上本郷〜川端貨物間の砂利採取線は黒野電気鉄道に引き継がれたため、上本郷〜下本郷間の旅客輸送は沿線の住民の希望により続けられたことによる。しかし、この旅客輸送も昭和35年頃で終了している。
 上本郷を出た廃線跡は道路となっており県道と交差したのちも、しばらくは家並みの間を細い路地として残っている。住宅街をでると未舗装の農道となり水田の中をまっすぐにのびているが、やがて水田の中へと姿を消す。土地改良事業により下本郷までの路線跡は失われてしまっている。
  下本郷の町並みにはいると廃線跡は拡幅されて道路となっている。下本郷駅があった場所も道路となっており鉄道の痕跡はない。しかし、驚いたことに、本郷線と分岐するところから砂利採取線の線路が今も残っている。踏切ではレールの撤去がおこなわれているものの、下本郷〜川端貨物駅間の区間でレールが残っている。
  下本郷駅を出て本郷線と分かれたあとは、下本郷の町並みを抜けて波瀬川の堤防を越えるために築堤となり波瀬川沿いを併走する。堤防を越えた線路は下り勾配で河川敷の中を走る。やがて側線が広がると川端貨物駅跡である。